山梨県 > 勝沼・石和温泉 > 笹子隧道

笹子隧道

(ささご ずいどう)

山岳交通を切り拓いた歴史トンネル

笹子隧道は、山梨県大月市と甲州市の間に位置する歴史あるトンネルで、旧甲州街道最大の難所であった笹子峠を越えるために造られました。この地域には、昭和初期に建設された旧笹子隧道と、その後に建設された新笹子隧道の二つのトンネルがあり、山梨県の交通や経済の発展に大きく貢献してきました。現在では歴史的価値の高い土木遺産としても知られています。

旧笹子隧道の歴史

旧笹子隧道は1936年(昭和11年)に着工し、1938年(昭和13年)に開通しました。全長239メートル、幅約3メートルの鉄筋コンクリート造のトンネルで、標高1,096メートルの笹子峠の直下を貫いています。当時としては大規模な工事であり、建設費は現在の価値に換算すると数億円にもなる大事業でした。

このトンネルが完成するまでは、笹子峠は甲州街道最大の難所と呼ばれ、人や荷物の移動は非常に困難でした。笹子隧道の開通によって交通は大きく改善され、山梨県と東京方面を結ぶ重要な道路として利用されるようになりました。

特徴的なトンネルのデザイン

旧笹子隧道の特徴は、トンネル入口(坑門)の装飾にあります。大月市側の坑門には、両脇に2本並びの柱形装飾や、上部に持送り状の装飾が施されており、洋風建築のような美しいデザインになっています。これは当時の土木建築としては非常に珍しく、景観にも配慮した設計となっています。

一方、甲州市側の坑門では装飾が施工される前の姿を見ることができ、建設当時の構造の様子を知ることができます。このような建築的意匠を持つトンネルは珍しく、県内交通の近代化を象徴する施設として評価され、1997年には登録有形文化財に登録されました。

新笹子隧道の建設と交通の変化

戦後になると交通量の増加により旧笹子隧道では対応が難しくなり、新しいトンネルの建設が計画されました。そして1958年(昭和33年)、国道20号の新笹子隧道が完成しました。このトンネルは全長約2,953メートルで、完成当時は日本で2番目に長い道路トンネルでした。

新笹子隧道の開通により、山梨県から東京方面への移動時間は大幅に短縮され、距離にして約30km、時間にして約1時間40分も短縮されたといわれています。これにより、山梨県で生産される果物や野菜、花、牛乳などの農産物が新鮮なまま首都圏へ運ばれるようになり、農業や経済の発展に大きな影響を与えました。

山梨県の発展を支えた重要な交通路

新笹子隧道の開通によって物流がトラック輸送へと変わり、農産物の出荷量が増加し、果樹栽培の面積も拡大しました。また観光客の移動も便利になり、山梨県の観光産業の発展にも大きく貢献しました。このトンネルはまさに山梨県の経済発展を支えた重要なインフラといえます。

現在でも国道20号の重要な交通路として多くの車が通行しており、地域の生活や産業を支え続けています。また老朽化対策として新たなトンネル整備も進められており、今後も重要な交通路として利用され続けていきます。

観光スポットとしての笹子隧道

旧笹子隧道は現在、歴史的土木遺産として注目されており、トンネルの装飾や周辺の山岳風景を楽しむことができます。笹子峠周辺には登山道もあり、歴史ある峠道と近代土木遺産を同時に見ることができる貴重な場所となっています。

ただし、旧笹子隧道付近の道路は冬季に閉鎖されることがあるため、訪れる際には事前に道路状況を確認することが大切です。歴史、土木技術、交通の発展の歴史を感じることができる場所として、笹子隧道は大月・甲州エリアの見どころの一つとなっています。

Information

名称
笹子隧道
(ささご ずいどう)

勝沼・石和温泉

山梨県