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逍遥院

(しょうよういん)

逍遥院は山梨県甲府市桜井町に位置する曹洞宗の寺院です。武田信玄の弟である武田信廉(たけだ のぶかど)の墓所があることで知られ、逍遥禅院とも称されますが、宗教法人としての正式名称は「逍遙院」です。

概要

逍遥院は、甲府盆地北縁の大蔵経寺山の南西麓に位置しています。戦国時代の武将であった武田信廉は、自らの居所近くにこの寺を建立し、自ら作成した位牌を納めました。この寺は、武田家臣である信廉の牌所として機能し、彼の死後は菩提寺として彼の遺徳をしのぶ場所となっています。

逍遥院の歴史

天正10年(1582年)3月、織田信長と徳川家康の連合軍による武田領侵攻(甲州征伐)により、武田家臣の多くが処刑されました。信廉もその例外ではなく、このときに命を落とし、逍遥院が彼の菩提寺となりました。以降、寺は武田一族や彼の一門衆にとっての霊地として重んじられています。

文化財

逍遥院には数多くの貴重な文化財が残されており、その多くが甲府市指定の有形文化財として保存されています。

甲府市指定有形文化財

逍遥院には武田勝頼が寺領を安堵するために発行した書状や、徳川四奉行の黒印状をはじめとした中世から近世初期の領主の文書、さらに大久保長安や平岡勘三郎、岩波七郎左衛門などの代官文書が計9点保存されています。その中でも1575年(天正3年)の武田勝頼による禁制書状は、高札と共に現存しており、非常に珍しい資料です。これらの文書は1987年(昭和62年)に甲府市指定の有形文化財に指定されました。

木造地蔵菩薩立像

逍遥院には甲府市指定の有形民俗文化財として木造地蔵菩薩立像が安置されています。この像は、逍遥院の歴史的な意義を象徴するものであり、訪れる人々に平和と癒しをもたらしています。

武田逍遥軒位牌

逍遥院には、武田信廉が生前に自ら作成した位牌も納められています。この位牌は、信廉が死の3年前に自邸近くの当院に納めたもので、位牌には「逍遥院殿海天綱公庵主・天正七年己卯年吉辰」と記されています。信廉の位牌は1977年(昭和52年)に甲府市指定有形民俗文化財に指定されており、現在も逍遥院に厳重に保管されています。ただし、原則として非公開とされています。

武田信廉 - 戦国時代から安土桃山時代にかけての武将

武田信廉(たけだ のぶかど)は、甲斐武田氏第18代当主である武田信虎の六男で、戦国時代から安土桃山時代に活躍した武将です。母は大井の方で、信玄や信繁の同母弟でもありました。後に出家し、逍遙軒信綱(しょうようけんしんこう)と号しました。信廉は「武田二十四将」の一人としても知られ、逍遙軒(しょうようけん)という名でも親しまれています。

武田信廉の生涯

信廉は兄である武田信玄(晴信)が家督を継承した天文10年(1541年)に家臣団に加わりました。諏訪氏を滅ぼした後、信廉は武田氏の一門衆として重きをなし、武田家において親族衆筆頭として軍事的・政治的役割を担いました。天文20年(1551年)には今川義元の娘を武田義信の正室に迎える交渉に従事しました。

高遠城主としての役割

元亀元年(1570年)、信廉は信濃高遠城の城主に任じられ、その後も飯田城や大島城の城代を歴任しました。信玄の死後は、父・信虎を自らの城に住まわせるなど、家族や領地を守る役割を果たしていました。

長篠の戦いでの活躍

天正3年(1575年)、信廉は長篠の戦い(設楽原合戦)で小幡信貞・武田信豊と共に中央隊に布陣し、会田岩下氏や山口氏、依田氏などと共に奮戦しました。彼は戦場で戦うのみならず、戦略的な役割を担い、武田家にとって重要な戦力となっていました。

甲州征伐での最期

天正10年(1582年)、織田信長と徳川家康の連合軍による甲州征伐が行われました。信廉は信濃の大島城を放棄して甲斐に退却しましたが、戦後、織田軍による残党狩りにより捕らえられ、森長可配下の武将によって殺害されました。享年51歳で、墓所は逍遥院にあります。

人物と逸話

武田信廉は武将としての顔だけでなく、画家としても名を馳せました。彼の手による「武田信虎像」(甲府市の大泉寺所蔵)や「武田信虎夫人像」(長禅寺所蔵)は重要文化財に指定されており、彼の絵画的才能を示しています。また、信玄の影武者を務めたという逸話も残されており、彼の存在が武田家の歴史に大きな影響を与えたことがうかがえます。

影武者としての役割

『甲陽軍鑑』によれば、信廉は兄である信玄の影武者を務め、側近ですら見分けがつかないほどの相似を誇ったとされます。信玄が病死した際には、信玄のふりをして甲府への軍の引き揚げを成功させたと伝えられています。また、北条氏政が信玄の死去を確認するために使者を派遣した際にも、影武者として使者を欺いたとされています。

まとめ

逍遥院は、武田信廉の生涯とその精神を感じることができる歴史ある寺院です。武田家の歴史を物語る貴重な文化財が保存されており、訪れる人々に戦国時代の息吹を伝えています。歴史好きな方や戦国時代の武将に興味がある方にとって、逍遥院は非常に魅力的な観光地と言えるでしょう。

Information

名称
逍遥院
(しょうよういん)

甲府

山梨県