遠光寺は、山梨県甲府市伊勢二丁目に位置する日蓮宗の寺院で、正式な山号は宝塔山です。遠光寺は、身延山久遠寺を中心とする「身延門流」に属し、法華寺や信立寺と並んで甲府法華三ヶ寺の一つとされています。また、南アルプス市にある長遠寺や妙了寺とともに、身延山久遠寺から甲斐触頭三ヶ寺の一つとして指定されています。
遠光寺は山梨県甲府市の住宅街に位置し、歴史的な背景と共に地域に根付いています。かつては身延山久遠寺の法主から直接免許状が発行される格式高い寺院として知られていました。
遠光寺の歴史は、鎌倉時代初期までさかのぼります。以下では、遠光寺の歴史の歩みについて詳しく説明します。
遠光寺は、建保2年(1214年)、あるいは建暦元年(1211年)とも伝えられており、甲斐源氏の一族であった加賀美次郎遠光が、宗明(後の日宗)を開山として迎え、自らの菩提寺として創建しました。当初は甲府市小曲町にあったとされています。
遠光寺は創建から約300年後の天文年間(1532年〜1555年)に、近隣地域の水害の影響を受け、現在の所在地に移転しました。この時期、寺院の立地は山間の環境から街中へと移り、より多くの人々に親しまれるようになりました。
江戸時代になると、遠光寺は身延山久遠寺の法主から直接の免許状を受け取る格式の高い寺院として栄えました。また、当時は「甲府法華三ヶ寺」の一つとして、甲府市内の日蓮宗寺院の中心的な役割を果たしていました。
安政元年(1854年)、盛岡城主であった南部氏(加賀美次郎遠光の後裔)によって、寺院が修復されました。この修復により、遠光寺は再び寺院としての地位を取り戻し、多くの参拝者が訪れるようになりました。
昭和20年(1945年)7月7日、甲府市は空襲を受け、多くの建造物が破壊されました。遠光寺も例外ではなく、諸堂が全焼してしまいました。その後、昭和45年(1970年)に著名な建築家内藤多仲の設計により、現在の八角堂の本堂が再建されました。この八角堂は遠光寺の象徴として、現代的なデザインと伝統的な要素が調和した美しい建築です。
遠光寺の境内には、再建された本堂をはじめとする様々な歴史的建造物や宗教的シンボルが並んでいます。参拝者は、寺院の静謐な雰囲気の中で歴史に触れることができます。
遠光寺の本堂は、1970年に再建された八角堂です。この本堂は内藤多仲の設計によるもので、モダンな外観と伝統的な宗教建築が見事に調和しています。本堂内には、日蓮宗の教義に基づいた様々な仏像や宗教的な展示物が安置されています。
日蓮宗では昭和16年に本山・末寺制度が廃止されましたが、遠光寺にはかつて多くの末寺がありました。これらの旧末寺は、現在でも地域において信仰の場として多くの参拝者を集めています。以下に、主な旧末寺をご紹介します。
遠光寺は甲府市の観光スポットの一つであり、周辺には他にも多くの歴史的建造物や自然観光地が点在しています。以下は、遠光寺を訪れる際に立ち寄れる周辺の観光地です。
甲府市若松町にある信立寺は、遠光寺とともに甲府法華三ヶ寺の一つとして知られています。静かな雰囲気と美しい庭園が特徴で、歴史を感じながら心静かに過ごすことができる寺院です。
長遠寺は南アルプス市に位置する日蓮宗の寺院で、遠光寺と同様に歴史的な背景を持つ寺院です。境内には美しい庭園があり、四季折々の自然を楽しむことができます。
遠光寺は、鎌倉時代から続く歴史と文化を持つ甲府市の名刹です。日蓮宗の信仰の中心地である身延山久遠寺とのつながりをもちながら、地域における信仰の場としても重要な役割を果たしてきました。また、戦後の再建により八角堂の美しい本堂が完成し、現代的な魅力をもった寺院として多くの参拝者に愛されています。甲府市を訪れた際には、ぜひ遠光寺を訪れ、その歴史と文化に触れてみてください。