甲府市藤村記念館は、山梨県甲府市に位置し、明治時代初期に建てられた旧睦沢学校校舎を移築して利用している交流施設です。この建物は、甲府市の歴史的価値を伝える文化財であり、地域の交流拠点として一般公開されています。
甲府市藤村記念館として現在使用されている建物は、もともと1872年に創立された睦沢学校の新校舎として建てられたものです。この校舎は、地域の住民や大工たちの協力のもと、1875年に竣工し、1876年に開校しました。その後、1957年まで学校として使用され、さらに1961年までは公民館として利用されていましたが、老朽化に伴い取り壊しの危機にありました。
しかし、藤村様式旧睦沢学校校舎保存委員会の尽力により、1966年に武田神社境内に移築復元されました。藤村記念館として甲府市に寄贈されたこの建物は、1969年から郷土資料館として活用され、その後、甲府駅前に再移築され、2010年より地域の交流施設として一般公開されています。
旧睦沢学校校舎は、山梨県令であった藤村紫朗が推進した「藤村式建築」の代表例です。この建築様式は擬洋風建築と呼ばれ、和洋折衷のデザインが特徴的です。藤村紫朗の名前が付けられたこの建物は、地域における西洋建築の導入を示す重要な文化財とされています。
旧睦沢学校校舎は、地域住民の支援によって建設されました。睦沢村の亀沢に建てられ、材木は上知林から調達されました。施工には地元の大工たちが総出で参加し、村民は一戸当たり一か月の労働奉仕を行いました。また、下山大工の松木輝殷が招かれ、校地整備も含めて完成に至ったのは1876年でした。
旧睦沢学校校舎は、もともと山梨県甲斐市にある睦沢村に建てられたもので、1875年12月に竣工しました。建築面積は約189.2平方メートルで、2階建ての木造建築です。屋根は宝形造の桟瓦葺きで、正面には玄関ポーチとベランダが設けられています。
この建物の正面には、ポーチとベランダがあり、屋上には塔屋が設けられています。外壁は漆喰塗の大壁で、柱は外部に見せない造りとなっています。また、軒周りには軒蛇腹を設け、窓回りはアーチ形の装飾が施されています。さらに、建物の四隅には隅石形が施され、腰壁は黒漆喰で形成されています。
ポーチやベランダの天井は菱板透かし彫りとなっており、2階のベランダには曲線を描く幕板が取り付けられています。内部には中央に階段があり、1階と2階それぞれに部屋が左右と奥に配置されています。
1961年に旧睦沢学校校舎は老朽化により取り壊しの危機に直面しました。しかし、藤村様式旧睦沢学校校舎保存委員会が保存活動を進めた結果、1966年に武田神社の境内に移築・復元されました。このとき、藤村紫朗にちなんで藤村記念館と命名され、甲府市に寄贈されました。
1967年には、旧睦沢学校校舎が国の重要文化財に指定され、歴史的価値が認められました。この指定により、甲府市藤村記念館は日本の近代教育や建築の歴史を学ぶ貴重な資料として位置づけられています。
2010年から、甲府市藤村記念館は交流ガイダンス施設として新たな役割を担っています。館内では、山梨の歴史や文化に関する展示が行われ、地域住民や観光客に向けて文化的な交流の場を提供しています。特に、教育資料や地元の歴史に関する展示が充実しており、子供から大人まで楽しめる内容となっています。
甲府市は、駅前の再開発事業の一環として、藤村記念館を甲府駅北口広場に再移築しました。これにより、甲府市藤村記念館はアクセスの良い場所に位置し、より多くの人々が訪れることが可能になりました。甲府市の観光スポットとして、また地元の文化拠点として、藤村記念館は今後も重要な役割を果たしていくことでしょう。
藤村記念館が一時期あった武田神社は、甲府市の歴史と深いつながりがあります。神社の周辺には藤村記念館の他にも歴史的建造物や史跡が多く、観光客にとって魅力的な散策コースとなっています。
甲府駅前に位置する藤村記念館は、駅周辺の観光スポットを巡る際にも立ち寄りやすい場所にあります。甲府市内には、美術館や公園、地元の食文化を楽しめる飲食店など、訪れるべき場所が多くあります。藤村記念館と合わせて甲府市の観光を楽しむことができます。
甲府市藤村記念館は、藤村式建築の代表作として、山梨県甲府市において文化的な交流の場となっています。明治時代に建てられた旧睦沢学校校舎を移築し、長い歴史を経て今も保存されているこの建物は、地域の歴史と伝統を伝える貴重な施設です。アクセスの良さと多彩な展示内容により、甲府市藤村記念館は観光客や地元の人々に愛される場所となっています。