深向院は、山梨県南アルプス市宮沢に位置する曹洞宗の寺院です。山号は天沢山、本尊は釈迦如来で、別名として新光院や真光院とも呼ばれています。深向院には末寺として松雲院があり、地域の歴史や文化に根ざした寺院として、多くの参拝者や観光客が訪れています。
南アルプス市宮沢は甲府盆地の西部に位置し、中世には甲府盆地南西端から富士川町や市川三郷町黒沢にかけて広がる大井荘の荘域でした。平安時代後期から鎌倉時代には、甲斐源氏の一族である秋山氏がこの地域に進出しました。また、宮沢一帯は水害が多発する低地であり、明治時代には村ごと集落が移転された歴史もあります。
深向院はもともと甲府市下積翠寺町にある興因寺の末寺で、寺の伝承によれば、平安時代の天長年間に空海が創建した真言宗の寺院であったとされています。その後、平安時代後期には甲斐源氏・武田氏の一族である武田信光によって「信光寺」と改称されました。
室町時代の応永年間には、甲府盆地西部に勢力を持っていた大井春信(修理大夫)が深向院を再興しました。また、戦国時代の天文年間には武田信玄とその嫡男である武田勝頼の側近であった跡部勝資が、甲府の興因寺の五世住職・玄紹宗黄を深向院に招いて中興し、曹洞宗に改宗しました。
深向院は武田家との深い関わりを持っており、天正5年(1577年)には、武田氏から寺領安堵など5つの条項が授けられ、跡部勝資がその奏者を務めた記録が残っています(「深向院文書」)。
武田氏が滅亡した後、甲斐の地を治めることとなった徳川氏からも寺領安堵を受け、江戸時代には地域に根ざした寺院として存続しました。本尊の釈迦如来は現在、山梨県指定の文化財として保護されています。
深向院には江戸時代後期の記録も数多く残されており、地域の歴史や文化の保存においても重要な役割を果たしています。境内には歴史的建物や、地域に縁のある人物の墓所が点在し、訪れる人々に中世から近世の寺院文化を感じさせます。
深向院の本尊である釈迦如来像は、1971年(昭和46年)2月26日に山梨県指定の文化財に指定されました。この釈迦如来像は、曹洞宗の教えを反映し、宗教的価値と美術的価値の双方を併せ持つ貴重な作品です。
深向院を訪れる際には、周辺の観光スポットも合わせて訪れるのがおすすめです。甲府盆地の自然景観を楽しめる場所が多く、地元の歴史や文化に触れることができます。また、四季折々の風景が楽しめるこのエリアは、観光客にとっても魅力的なスポットが数多くあります。
深向院へのアクセスは、車での移動が便利です。南アルプス市内の主要道路から容易にアクセスでき、また周辺には駐車場も整備されています。公共交通機関を利用する場合は、最寄りのバス停や駅からタクシーを利用するとスムーズです。
深向院は、その豊かな歴史と文化財により、山梨県南アルプス市を代表する寺院の一つです。甲斐源氏や武田家との関わりを持つ寺院として、歴史好きな観光客にとっても見どころが多いスポットです。また、釈迦如来像や地域の文化財としても重要な役割を果たしています。周辺観光と合わせて訪れれば、より深い歴史的な理解が得られるでしょう。